#459 強制から自発へ
2026/01/28 23:54
2026年1月29日(火)はジュニアALL練習日でした。
ジュニアでは体調不良の子が多く、参加人数は通常の1/3ほどでしたが、ここ最近は6年生の子たちが犬山以外のチームからも体験に来てくれており、少人数ながらも良い刺激を受けながら練習に取り組めています。
すでにミニからジュニアへ上がることを決めている子たちは体験として練習に参加していますが、少し感心しているのは、中学生の練習に入っても変わらず声を出し、指示を出し、今日のように体験の子が来た時には自然と教える姿が見られることです。
同じチームで顔なじみの存在が多いとはいえ、環境が変わり、上の学年もいる中で変わらず振る舞えるのは、日々の行動が習慣化されている証だと感じます。正式に入団した後も、ぜひ継続してほしい部分です。
そんな彼らの姿を見て、今日の日記ではこんなことを考えました。
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「意味を理解して、自らやることに意味がある」
子どもたちと接する場面が多い立場上、教育の現場でよく耳にする言葉です。
バスケットの指導においても、挨拶や礼儀に関しても、「何のためにやるのか」をきちんと説明し、納得を促すことが推奨されています。
もちろん、これを否定するつもりはありません。
ただ、自分自身の経験を振り返ってみると、「説明されて分かったこと」よりも、「体験して腑に落ちたこと」や「信頼している人からの一言」の方が、行動が変わるきっかけになってきたように思います。
物事には、やはり順序があるのかもしれません。
今年の6年生も、決して全員が最初からリーダーシップを発揮し、声を出せるタイプだったわけではありません。
チームとして必要な基準を決め、ある意味“強制”される中で、次第に「なぜ声を出した方がいいのか」を学び、それが習慣となり、今では自分たちのものとして身についてきたように感じています。
自分自身もそうですが、挨拶ひとつとっても、「何のためにやるのか」が本当の意味で分かるのは、大人になってからということも多いものです。
子どもの頃は形式的だったかもしれないけれど、何となく続けてきたことが、後になって「やっていて良かった」と思える瞬間は、誰しも経験があると思います。
だからこそ、最初から意味や損得を求め、取捨選択してしまうことには、個人的にはあまり賛成できません。
強制されることが、必ずしも悪なのかと言われれば、時期次第ではそうでもないと感じています。
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強制される
→ できるようになる
→ 空気や結果が変わる
→ 意味が分かる
→ 自らやるようになる
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いつまでも強制ではいけません。ただ、自然体を重視しすぎて、そもそも体験ができなければ元も子もありません。
いくつものステップを踏みながら、最終的に「自分のもの」になるよう導いてあげること。
子どもたちの取り組む姿勢から、改めてそんなことを学ばせてもらいました。
#とりあえずやってみるが最強
