#468 好きだけで続かないわけ
2026/02/06 18:43
「毎日プライベートの時間を削ってバスケットにそこまで熱を注げる原動力は何でしょうか?」
先日の第1回ざっくばらんの会で、保護者の方から面白い質問をいただきました。問いに対してパッと明確な答えが浮かんだ訳ではありませんが、自分なりに考えてみました。
まず、好きか嫌いかで考えたとき、嫌いなことを続けることは難しいので、「好き」という感情は間違いなくあると思います。ただそれと同時に、好きという感情だけで続けることは、このバスケットに限らず、何ごとにおいても難しいのではないかという感覚があります。
自分の思う「好き」という感情には「理想」が付きものであり、思い通りにいかないことや、結果が報われなかったり、評価がいまいちな状況に陥ると、理想が高いが故に「減点方式」の思考になってしまい、次第に心が苦しくなってしまうこともあるかと思います。
そして、好きなものほど期待値が膨れ上がり、いつの間にか「これだけやっているのに」「これくらい返ってきてもいいはず」という見返りのような気持ちが生まれてしまい、楽しかったはずのものが義務感や重荷になってしまう。結果的に、続けることが苦しくなるということもあるかと思います。
感謝されるかどうか、評価されるかどうか、結果がすぐに現れるかどうかは、総じて自分ではコントロールできない範囲であり、そこに原動力を置いてしまうと、どうしても気持ちは不安定になりやすくなってしまいます。
だからこそ自分が常に意識していることは、見返りを求めないことです。ある意味では、何も考えずに淡々とやり続ける力を持つことが、遠回りのように見えて、コツコツと前へ進んでいける近道であり、不安定な感情にコントロールされないコツだと考えています。
最近毎日投稿を再開したInstagramも、このINUYAMA日記も、誰かに絶対に見てもらいたい、みんなに読んでほしい、そんな感情だけでは、なかなか続かないのかなと思います。
自分自身がコントロールできるのは、今日やると決めたことに向き合えるかどうかだけで、その先の結果は思い通りにいくものではないと理解しておくと、少し気持ちが楽になりますね。
そうしたスタンスでいることで、感謝されたり、評価をいただいたり、結果が生まれた時には、「加点方式」として、副産物のような気持ちで喜びを感じられます。
熱を注ぎながらも期待をし過ぎず、淡々と、目の前のバスケットと向き合う。
その距離感があるからこそ、結果として今日もまた、バスケットに時間を使えているのだと思っています。
