#553 “学校”へ行く意味を考える
2026/05/02 23:21
大前提として、私は教師という職業が天職だと思い、学校という場所も、そこで出逢い、共に高め合う子どもたちも大好きな人間です。
「学校って変な場所」
そんな言葉を聞いたことはありませんか?
同じルール、同じ空気、を共有することで成り立ってるけど、、、本当は違うことを考えている人がいたり、声に出せない違和感があったり、少しズレると浮いてしまったり、
そんなことが”学校”ではよくある。
「揃える」
確かに、大切なことである。でも、無理に揃えないし、急いでまとめない。むしろ、「揃っていないことを、そのまま見ようとする」そんな時間も大切だと私は思う。
最近、読んでいる本「思考の整理学/外山滋比古」の冒頭はこんなことが書かれている。
▼ 思考の整理学 P.11
『人間には、グライダー能力と飛行機能力とがある。受動的に知識を得るのが前者、自分でものごとを発明、発見するのが後者である。両者はひとりの人間の中に同居している。』
▼ 思考の整理学 P.12
『学校はグライダー人間をつくるには適しているが、飛行機人間を育てる努力はほんのすこししかしてない。』
激しく同意。
「自ら考え、判断し、行動する」と題し、3年前の生徒指導主事の時は生徒指導通信を発行した。さまざまな角度から、モノを見る”視点”などを与えてきたつもりである。
そんな中、今日学年主任を務める学年の期待の後輩が出した通信を読んだ。
▼学級通信より
『「静かにして」「宿題終わった?」「チャイムになる前に座るよ」みなさんが生きてて、絶対聞いたことがある言葉じゃないでしょうか?先生も、昔を思い出すと言われてきたなって思います。では、ただその場に静かにすればいい生徒なのか、宿題を早く終わらせるのがいい生徒なのか、チャイムになる前に座るのがいい生徒なのか。もちろん、指示を受けて、その場にあったことはすべきです。将来の仕事をしている自分を想像してみてください。上司の命令に従い言われたことをやるだけの人か、自分で考えて状況に応じて、必要なことを会社のためにやれる人か、どちらが会社にとって必要な人になるでしょうか。もちろん上司の話を聞くことも大切ですが、自分で考えて行動に移せる人、自分で考えて上司でも考えつかなかったような素晴らしいことをやってくれる人の方がありがたいです。じゃあ静かにすることは誰の何のためなのか、宿題を終わらせることがなぜ必要なのか、チャイムの前に座る必要がなぜあるのか、誰のためになるのか。
そこを考えられる人になってみてください。そこを考えられれば、スポーツや勉強、人間関係でもなんでも生きてくるはずです。第一に言われてやるよりも、自分で考えて行動して、それがうまくいった方がきもちがいいはずです。それも一つの挑戦。ぜんぜん間違えた行動をしていい。自分が誰かのためとなると思った行動をしてきましょう!!先生も頑張ります。』
心が温まった通信でした。
自分のことばで、子どもたちに語ってくれる担任がいてくれることほど、学年主任として心強い味方はいません。
何よりも、「こんな子どもを育てたい」と同じ方向を向けていることがとても嬉しい。
太陽学年(通称、サンファミ)まだ始まって、一ヶ月ですが、いい形でGWに入っていけそうです。
▼ 思考の整理学 P.20
ギリシャ人が人類史上もっとも輝かしい文化の基礎を築き得たのも、”なぜ”をとうことができたから。
これからも「なぜ?」という問いを大切に、「自己決定」できる子たちに、サンファミみんなが自分色で輝く毎日に。
https://note.com/kohey41/n/n02405f6a1fb6